Web3.0 – 分散型テクノロジーの未来
「Web3.0 – 分散型テクノロジーの未来」をテーマにした講演会が2024年1月24日に開催され、ポルカドット(DOT)のチーフアーキテクチャーで、イーサリアム(ETH)の共同創設者であるGavin Wood(ギャビン ウッド)博士が講演しました。
講演会では、東京大学大学院経済学研究科公共政策大学院の教授であり、金融教育研究センターの長を務める植田健一氏がコメンテーターとして参加。司会は、MbSC2030の副センター長で、東京大学大学院工学系研究科の教授である茂木源人氏が務めました。
このイベントは、東京大学とサウジアラビアのミスク財団によって共同設立されたMbSC2030(Mohammed bin Salman Center for Future Science and Technology for Saudi- Japan Vision 2030 at The University of Tokyo)と東京大学国際高等研究所東京カレッジによる共催で実施されました。
本記事では、ギャビン・ウッド博士の来日講演「Web3.0 – 分散型テクノロジーの未来」について、以下のポイントを含む詳細をレポートします。
- なぜ社会に分散化が必要なのか
- 「Web3.0」という概念を提唱して10年経った現在からの振り返り
- Web3 Foundation(Web3財団)およびParity Technologies(パリティテクノロジーズ)のアカデミックコラボレーションについて
- 経済における分散化の重要性、CBDC(中央銀行デジタル通貨)について
- 質疑応答
ギャビン・ウッド氏のプロフィール
Dr. Gavin Wood(ギャビン ウッド)氏は、イギリス出身のコンピューターサイエンティストであり、ブロックチェーン開発会社Parity Technologies共同創業者、そしてイーサリアム共同創業者。
分散型ウェブ構築のための財団 Web3 Foundation創設者であり、相互運用性の高い様々なブロックチェーンを作るプロジェクトPolkadot(ポルカドット)、及びポルカドットの試験的ネットワークKusama(KSM)クリエーターです。
なぜ社会に分散化が必要なのか
Web3.0は、2014年にギャビン ウッド氏によって初めて提唱された概念で、「分散型の暗号化された情報公開システム」等に基づく「セキュアな社会オペレーションシステム」として定義されました。この用語は、現在の中央集権的なウェブ(Web2.0)と対比され、ブロックチェーン技術を活用して非中央集権型のネットワークを構築する試みを指します。Web3.0の典型的な特徴には、仮想通貨ウォレットを介した分散型アプリケーション(DApps)へのアクセスが含まれます。
ブロックチェーンと暗号資産は、中央銀行や金融機関に依存しない金融取引を実現し、各取引の信頼性と透明性を高めます。分散型アプリケーション(DApps)は、特定のサーバーに依存せずに機能し、セキュリティの向上と検閲への抵抗力を強化します。さらに、分散型自治組織(DAOs)は、従来の階層的組織に代わってブロックチェーン技術を用いてガバナンスを分散化することで、新たな組織の形態を提案します。
それでは、なぜこれらの技術や概念が社会に必要なのでしょうか?この問いに、ウッド氏は次のように答えました。
社会における分散化の必要性は、中央集権的な権力に依存するシステムの脆弱性に根ざしています。権限が一箇所に集中している場合、その点に障害が発生すると、システム全体の機能が停止するリスクがあり、これは持続可能なシステムとは言えません。
対照的に、分散化されたシステムでは権限が複数の拠点に分散されているため、単一の障害点がシステム全体を危険にさらすことがありません。このように分散化によって、システムはより高い回復力を有し、長期的に持続可能な構造を実現します。
信頼への依存度を減らす
ウッド氏は、分散化技術がシステムの回復力を強化し、持続可能性を高める技術的手段として重要である一方で、この技術が適用される社会的文脈の構築が不可欠だと指摘しています。この文脈の中核を成すのが、「真実」と「信頼」という二つの概念です。これらは、技術がどのように利用され、理解され、そして社会に受け入れられるかを決定づける基石となります。
真実とは、現実世界の正確な反映を指し、特に学問の領域では単一の客観的な現実の存在という信念のもとに、科学的探求が進められます。
一方で信頼とは、他者や組織、または原則に対する期待の質を表し、特定の行動パターンが前提とされます。 これは、信頼される対象が利益をもたらすか、善意をもって行動するという期待に基づくものです。
真実と信頼は異なる概念ですが、目的達成のためにしばしば組み合わせて利用されます。
ウッド氏は、単なる権威や組織への盲目的な信頼ではなく、科学的方法に裏打ちされた客観的な真実の追求と、分散型ネットワークを利用した検証可能な新しい体系(トラストレスなシステム)が、透明性と公正性を高める社会を実現する鍵であると強調します。
つまり、ウッド氏は、「信頼」よりも「真実」を優先し、その真実を証拠や合理性に基づいて追求し、分散型技術を通じてそれを実現することの重要性を訴えています。
Web3.0を提唱して10年を振り返り
ウッド氏は、自らが2014年に提唱した「Web3.0」を振り返り、過去10年でWeb3が一定の進歩を遂げたと認めつつも、初期の期待と比べて限定的だったと感じています。
「ĐApps: What Web 3.0 Looks Like」の要旨
Web3.0は、安全で信頼性が高く、匿名性を備えたウェブの進化形である。これには以下が含まれる:
- 情報は必要に応じて公開または秘匿され、通信は暗号化され、匿名性が保たれる。
- 情報発行は分散型で、暗号化され、信頼性がハッシュによって保証される。
- 通信は暗号化され、信頼性を保つために署名される。
- 相互作用ルールはコンセンサスエンジンによって自動適用される。
- ブラウザはコンセンサスに基づく名前解決でウェブサイトにアクセスし、伝統的なインターフェースを維持する。
ウッド氏は、これらのWeb3のビジョンは時間が経っても変わらないものであり、追求し続ける価値があると改めて強調しました。
Web3 Foundationの取り組みについて
ウッド氏が設立したWeb3 Foundationは、分散化されたインターネット実現を目指し、スイスを拠点に世界中の学術機関と協力し、様々な学術研究を支援しています。ケンブリッジ大学やカリフォルニア大学バークレー校などの大学で教育プログラムを提供し、分散型システムの持続可能な開発に貢献しています。
ウッド氏はまた、ポルカドット・ブロックチェーン・アカデミーを創設し、開発者にブロックチェーンの構築に必要なすべての知識を提供し、Polkadotエコシステム内でのプロジェクトの創設と成長についてWeb3起業家に実践的なガイダンスを提供しています。ウッド氏によれば、これらのプログラムはいずれも好評で、分散型システムの持続可能な開発に貢献しています。
- スイスのオフィスを中心に、世界中の学術機関と学術的コラボレーションを積極的に行っている
- 様々なレベルの学術研究出版物を提供
- 現代的な投票システムが大規模なテストを経ずに使用されていることに注目し、経済価値が関わる特定の投票システムの機能に関する研究に尽力
- 暗号学とゲーム理論など、特定のツールを用いた分散型システムの設計を支援
- 分散型システムの創造と設計に有用な組み合わせのプログラムを提供することを目的としている
特に、Web3 Foundationは、ブロックチェーン技術の急速な導入と制度の進化を背景に、規制当局や政府機関との円卓会議を世界中で開催し、Web3.0寄りの規制採用を促進しています。日本では、自民党のWeb3.0政策立案に助言を行うなど、政策立案者とのグローバルな円卓会議を開始しています。
日本では、昨年7月に自民党のWeb3.0政策立案に助言を行うための会合を持ちました。
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経済における分散化の重要性
東京大学の植田健一教授は、アダム・スミスとフリードリヒ・ハイエクの理論を引用して、分散型システムの効果と中央集権の弱点を指摘しました。植田氏によれば、デジタル化が進む現代において、分散型システムは社会の自由と民主主義をどう保障できるかの鍵を握っており、CBDC(中央銀行デジタル通貨)導入がもたらす可能性のあるリスクに対してもバランスの取れた視点が必要です。
CBDCとは
各国・地域の中央銀行が発行するデジタル化された通貨を指す。「Central Bank Digital Currency」の略である。仮想通貨との大きな違いは、CBDCは法定通貨であること。通貨の管理や決済等においてコスト削減や効率性向上が期待できる一方で、個人情報やプライバシーの保護、セキュリティ対策、金融システムへの影響など考慮すべき課題は多い。
一方、ウッド氏は、分散型システムがもたらすレジリエンスの重要性を別の角度から強調しました。技術の進化が政策決定に貢献する可能性を認めつつ、増加する監視とそのリスクに懸念を示し、分散型アプローチの価値を再確認しました。
両者は、分散型システムが効率的な資源配分、イノベーション促進、自由な民主主義社会の構築に果たす役割の重要性について一致しています。植田氏は、自由市場と競争の原則を重視し、中央集権の限界を超える分散型システムの利点について議論しました。例として、中国デジタル人民元における監視リスクや、政府によって所有された日本の電話会社が4~50年革新しなかった例をあげました。
また、植田氏は、中央銀行の課題として「信頼できる人物の任命」と「明確なポリシー(例、インフレーションターゲットとその達成方法)」が経済の安定に不可欠であることを説明し、適切な例としてアルゼンチンの通貨危機を挙げています。
ウッド氏は、中央集権的なアクターが全てを把握することの危険性を指摘し、多様な視点からの理解と分散型システムの価値を強調しました。植田氏はウッド氏のWeb3に関する見解を称賛し、分散型技術がいかにして自由で開かれた社会を支えるかについての共通認識を示しました。
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参加者との質疑応答
最後に参加者との質疑応答のディスカッションが行われました。
分散化エコシステムの要石はガバナンス
質問1「現在、イーサリアムは主要なスマートコントラクトプラットフォームとされていますが、私はその状況はかなり中央集権的だと思います。ユーザーの利便性を低下させることなく、スマートコントラクトプラットフォームを分散化する可能性のある方法は何ですか?」
ウッド氏は、質問者に対して、そのプロジェクトが分散化が進んでいるかどうかの重要な指標のひとつはガバナンスだということを強調しました。
ポルカドットはフェローシップというコミュニティ構造を採用しており、比較的不透明な意思決定プロセスを少しでも厳密でより扱いやすく、よりオープンで、決定がどのように下されたのか直接関与していない人々にも、明確に伝わるものに変えようとしていることに言及しました。
そしてイーサリアムを過去に「教皇モデル」と比較したことがあり、実際の意思決定プロセスがこの圧倒的な影響力を持つ個人に対してあまりにも偏っているため、真に分散化されたプロセスとは考えられず、人々はこの教皇の善意を願う(trust:信頼)しかないリスクがあると語りました。
そこで植田氏は以下のような質問をしました。
「分散性が必要であることはわかります。
しかし、例えば東京証券取引所のように、明らかに取引を行う上では中央集権的な方法が存在します。
もちろん、人々のいかなる異議にも透明に対応しなければなりませんが、通常、専門家はルールに関してより多くの知識、より良い知識を持っており、そのような人々がルールを決めることは重要なことではないでしょうか。」
それに対しウッド氏は同意をしながら、統合(unification)と中央集権は混同されることが多いことを指摘しました。多様なゲームを試すことには良い点があり、そうでなければイノベーションの欠如やその他すべての問題が生じ行き詰まるる可能性があることを示しました。
そして統合性と多様性のバランスをいかに取るかについて述べ、普遍的な合意が得られる場合には統合性を、個人的な意見や歴史的な条件が大きく関与する場合には多様性を重視するべきであると主張しました。
L2ソリューションとしてのZk Rollupについて
質問2「最近、レイヤー2を使用したアプローチやスケーラビリティ向上のためにゼロ知識証明を用いる動きが増加しているようですが、これらの試みはポルカドットのアプローチとは少し異なり、競合していると言えるでしょうか。」
ウッド氏は、ゼロ知識証明技術にはかなり多くの提供可能なことがあり、現時点で最も利益を得られるのは、そのプライバシーを保護する性質にあるということに言及しました。
その上で、ポルカドットがゼロ知識認証技術に依存しない異なる方向性を取っていることに同意し、スケーラビリティのためにゼロ知識証明を使用するという前提は、基本的に誰でもネットワークの維持・保守に貢献できるという前提と矛盾している事を指摘しました。
またゼロ知識証明技術は計算資源の必要性を根本的に取り除くものではなく、計算の拡大手段でありスケーラビリティの根本的な解決にはなっていないことに言及しました。
そして、分散型利用可能性を実現するためのコンピューティングシステムを提供しようとしている特定の第三者のセットが大きく見られることを指摘し、現時点では、ポルカドットが提案しようとしているような一貫性のある統合されたweb3マシンを持つことに対しては、まだ大きな議論があると述べました。
ZkRollupsとは
トランザクションを集約してオフチェーンで処理し、生成した暗号証明のみをイーサリアム・ブロックチェーンに保存する技術。競合のOptimisticロールアップより不正耐性が高く、送金の処理時間が短い等の利点がある。
▶️仮想通貨用語集
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AIについての見解
質問者3「近い将来、いわゆる未来の強いAIのようなシンギュラリティを考える時、分散化の意義をどのように考えますか?」
ウッド氏は、それは驚くほど重要だと答え、AIを中央集権的な力として位置づけ、少数の個人が十分な情報を集め、その情報にアクセスするためのGPUを手に入れることができる場合、それは特別に大きな力を与えること、そしてそれが反民主的な傾向を持つ可能性があると続けました。
そして、AIが人々のコミュニケーションや思考の仕方を変えうる独特の能力を持つことを認めつつ、その結果として単純化された議論や考えの簡略化を懸念しました。
またウッド氏は、私たちがAIとの相乗的な協働の仕方を学ぶか、またはターミネーターやマトリックスのAIによって構築された仮想支配の現実のようなディストピア的なシナリオに直面するかのどちらかになるだろうという視点を共有しました。
AIを中央集権的な実体として見なし、それが自己保存と進化を目指すと考えているが、これはAIが意識を持つというよりは、ダーウィンに習った自然選択のプロセスを通じて進化する存在としてのAIを指すと説明しました。
この視点から、AIの未来はその能力をどのように扱うか、そして私たちがそれとどのように共存するかにかかっていると強調しました。
その一方で植田氏は、自身はAIについてもう少し楽観的な考えを持っていると述べ、すでに機械やロボットは私たちの社会に存在しているが、生活を豊かにすることに貢献しており、歴史を通じて、特に経済の進歩は平均して私たちにとって常に良いものだったと言及しました。
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活発に質問が提供されましたが、時間の関係上、以上3つの質疑応答で締め括られました。
結論と展望
この記事では、Gavin Wood氏の「Web3.0 – 分散型テクノロジーの未来」来日講演をレポートしました。
ウッド氏は分散化の必要性、社会での「真実」と「信頼」の役割、Web3.0の10年にわたる進化、イーサリアムイエローペーパーの起源、そしてWeb3 FoundationおよびParity Technologiesの学術的コラボレーションについて論じました。
植田健一氏との討論では、CBDCの導入時のリスクや経済における分散化の重要性に焦点を当て、さらに参加者との質疑応答からL2ソリューションやAIについての議論もありました。
この充実した講義とセッションは、ブロックチェーンと分散型ウェブの将来を探るものでした。
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