仮想通貨業界の勝利
米第5巡回控訴裁判所は26日、米財務省の外国資産管理局(OFAC)が暗号資産(仮想通貨)ミキシングサービス「Tornado Cash(トルネード・キャッシュ)」へ科した制裁は違法であるとして、昨年8月の連邦地裁の判決を覆した。
トルネード・キャッシュのユーザー6人が原告となり、米財務省とOFAC、ジャネット・イエレン財務長官らを提訴したこの訴訟は、米大手取引所コインベースが支援している。
同取引所のポール・グレウォル最高法務責任者は、この判決を「仮想通貨と自由の保護を大切に思うすべての人々にとって、歴史的な勝利である」と述べた。「政府の権限の濫用は許されない」という意義があるとした。
Privacy wins. Today the Fifth Circuit held that @USTreasury’s sanctions against Tornado Cash smart contracts are unlawful. This is a historic win for crypto and all who cares about defending liberty. @coinbase is proud to have helped lead this important challenge. 1/6
— paulgrewal.eth (@iampaulgrewal) November 26, 2024
コインベースが支援した開発者・投資家グループによる、Tornado Cashへの制裁措置を巡る訴訟では昨年8月、米テキサス州西部地区連邦地方裁判所のRobert Pitman判事は、米財務省の制裁は適法であるとの判断を下している。
今回、3人の裁判官から成る控訴裁判所の審理委員会は、OFACがトルネード・キャッシュの変更不可能なスマートコントラクトを制裁対象としたのは、同機関の「法的権限を超越した行為」との判断を示し、原告らの主張を認めた。
OFACには、国際緊急経済権限法(IEEPA)により、米国の国家安全保障に対する脅威と見做された外国勢力に対し、資産凍結などの制裁措置を与える権限が委任されている。
IEEPAは1977年に制定された米国連邦法であり、大統領に特定の金融取引を規制および禁止する権限を与えている。
しかし、トルネード・キャッシュのスマートコントラクトは、「一般的な通常の意味においても、OFACの定義においても”財産”ではない」と裁判所は判断。IEEPAの下では制裁できず、OFACは、その法的権限を逸脱したと述べた。
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司法と議会の役割
控訴裁判所は、「OFAC の制裁権限の及ばない、制御不可能な特定の技術が現実世界にもたらすマイナス面については、即座に認識している。」と、インターネット時代前に制定されたIEEPAの法的限界に言及する一方で、「議会が締結した法的取引は遵守すべきであり、手直しを加えるべきではない」という姿勢を強調した。
判事らは、法律の解釈については厳格である必要があるが、「トルネード・キャッシュが独立した存在(entity)であるか否か、また変更不可能なスマートコントラクトに対して利害があるか否か」については、立法府である議会が判断することであり、裁判所が言及する必要はないと述べている。
法令の盲点を補ったり、その破壊的な影響を和らげたりすることは、私たちの管轄外である。私たちは、解釈を装って議会の成果を修正するという司法立法への誘いを断る。
訴訟の経緯
2022年8月、OFACはトルネード・キャッシュがサイバー犯罪者による資金洗浄を阻止する措置やリスク対策を怠ったとして、制裁対象者リスト(SDN)に指定した。同時に44のトルネード・キャッシュ関連のスマートコントラクトアドレス(イーサリアムおよびUSDコイン)も制裁リストに加えられた。
OFACは同年11月、トルネード・キャッシュが北朝鮮政府が支援するハッカー集団ラザルスの資金洗浄にも協力しているとして、改めて北朝鮮関連の制裁対象に指定した。
トルネード・キャッシュのユーザーであった6人の仮想通貨開発者と投資家グループは、財務省がトルネード・キャッシュを制裁したのは、その権限を超越した行為だとして提訴。コインベースはこの訴訟に資金を提供する形で支援している。
コインベースは、「OFACによる制裁は、罪のない人々を傷つけ、仮想通貨ユーザーのプライバシー保護やセキュリティの選択肢を奪い、イノベーションを阻害するものだ。」と主張。同社のアームストロングCEOは、財務省は「技術」を制裁しており、議会から同省に与えられた権限を超えていると批判した。
2023年8月、この訴訟を扱ったテキサス州西部地区連邦地方裁判所は、トルネード・キャッシュは独立した存在(entity)であり、スマートコントラクトに対して財産権を有するとの判断を下し、原告らの主張を退けた。
コインセンターの訴訟
OFACの制裁に対しては、仮想通貨業界からも非難の声が上がり、米シンクタンク「Coin Center(コインセンター)」は、この件に関する分析レポートを公開し、OFACが、自発的なコードを人間のように扱ったことは、法定権利を超えていると指摘した。
コインセンターは2022年10月、トルネード・キャッシュを制裁したのは権限を逸脱し、憲法修正第1条に違反したとして、ジャネット・イエレン財務長官、財務省、OFAC、当時のアンドレア・ガッキOFAC長官を相手取り訴訟を起こした。
この訴訟はその1年後に、地方裁判所の判事により棄却されたが、コインセンターは米国第11巡回区控訴裁判所に控訴。現在も係争中だ。
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ブテリン氏がコインセンターに寄付
ブロックチェーンデータによると、イーサリアムの共同創設者であるヴィタリック・ブテリン氏が26日、320ETH(執筆時価格で1億7,490万円相当)を、コインセンターに寄付したことがわかった。
ブテリン氏は、訴訟には直接関与していないが、トルネード・キャッシュと、苦境に立たされている開発者に対し、明確に指示を表明している。
同氏はOFACによる制裁直後に、自身が同サービスを利用してウクライナに寄付したと公に発言。また、トルネード・キャッシュ開発者のアレクセイ・ペルツェフ氏とローマン・ストーム氏の弁護基金に30ETHを寄付した。
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